三十路ライフ勝手に今年の漢字 「命」

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勝手に今年の漢字 「命」

今年一年あともう少しで終了。
今年の一年はどんな一年だったでしょうか?

そうそう今年の漢字は「絆」でしたが、
私は「命」です。←ゴルゴじゃないよ

知人・古くからの友人の死、
震災で多くの人が亡くなった事、
震災によって自分だっていつ死ぬかわからないと思った事、
母がヤバイと言われた事。

1年の中でそういう事がいくつか重なって「命」ってものを考えるような年でした。

今年の初めから、知人の「死」を知り驚きと戸惑い。

3月、まだまだ昨日の事のような感じさえする東日本大震災の発生。

強い揺れを自分自身でも感じ、東京から物がなくなり、町から灯りが消え、
暖房が切れ、コートを着て仕事をした。
そんな経験をしたからこそ、今回の地震は被災者でない私の心にもまだまだ残っています…。
今でも津波の映像には胸が締め付けられるし、忘れてはいけない事だと心底思う。
結局20,000近くの死者と行方不明者が出てしまいました。

この時、本当に日本はこれからどうなるんだろう…と本気で思いました。

4月になって花見の季節なのに浅草から花見客が消えてました。
東京の人は経済を守るためにも

お金を使おう!
東北のお酒を飲みながら花見をしよう!

なんて事もマスコミで言われたりもしましたが、
なかなかそういう気持ちにまだまだなれなかったのでしょう。
本当にがらんとした隅田川が印象に残っていました。

5月、GWを利用してタイ・チェンマイとラオスルアンパバーンに行きました。
あの地震からまだ時間がたっていなかったので、日本でまた地震が来たらどうしよう…とか
行くまでは
「本当に行けるんだろうか?」と思っていました。

無事に行く事は出来たけれど、
タイに居ながらにして、PCから地震速報の音が流れるたびに日本を心配しました。

でも嬉しかったこともありました。
タイやラオスで色んな人に
「津波は大丈夫だったのか?東京は影響なかったのか?」と言われました。

たどたどしい英語で援助のお礼を言うと、
タイの人は数年前のタイで起きた津波のお礼を逆に行ってくれたり、
ラオスの人は「当たり前だよ、友達なんだから」と言ってくれた事には
感謝してもしきれない気持ちになりました。

7月、8月、節電の夏。

とても暑い夏でした。
企業には節電が義務づけられ、フロアの蛍光灯は間引きされ、クーラーも常に28度設定。
営業して帰ってくると、全く涼しくない社内。
でもそのおかげで個人宅には輪番停電もなく、夜中は気にせずクーラーをつけることができました。

9月、夏休み直前に母入院。
入院当初は「いつ何があってもおかしくないですので、いつでも連絡取れるように」と言われ

事の重大さにへこみ、
自分がこれまで頑張ってきて楽しみにしていた旅行がポシャった事にへこみ、
友達にキャンセルをしいらなければならないことにもへこみ…。

でも一緒に行くはずだった友達が、すごく理解をしてくれた事に本当に感謝したいと思う。
友達もどんなに楽しみにしていたかと思うと心が痛んだけれど本当にありがとうって思う。

10月
まだ母が退院できず、予定していた夏休みを無駄に東京で過ごす。
実家には夏休みのことを行っていなかったので、変な時間にお見舞いも行けず、
なんかドラマでリストラされたお父さんが公園で時間をつぶす…みたいな絵に…。
でも10月は仕事、実家、病院に行きつづけた月でした。

11月
母が退院したのは11月末だったので、それまでは平日は会社、週末は実家と病院。という日が続きました。
でもやっと退院が決まり、父は多分ほっとしたと同時に、
淋しかった家がやっと明るくなると思った事でしょう。
私もやっと週末自分の時間が作れる…と正直思いました。
でもまだまだ心配でもあります。

12月
ダラダラ書きましたが、やっと残すところ数日となりました。

話は戻りますが
この一年、さまざまな場面で、「命」ってことを考えました。

過去死にたいと思うくらい悩んだ事もあったと思うけれど、
今考えたら自分のそんな考えは一生続く事ではないんだよね。

"あなたが無駄にすごした今日1日は昨日死んだ人が生きたいと切実に願った1日"

という言葉をツイッターで教えてもらった時には心を打たれました。

色んな望みや希望があったのに震災で亡くなった人々、友人や知人…。

1日1日を悔いなく過ごそう!なんて立派な事できるわけない。
多分、毎日口では愚痴を言っているだろうし、
また「死にたい、この場から居なくなってしまいたい」と思う時もあるかもしれない。

でも
「自分が生きている時間にもっと生きていたかった人がいた」
ということだけは忘れないようにしようと思いつつ、今年を〆たいと思います。

| 未分類 | 23:38 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

今年の初めにボクは、個人的に厳しい現実に直面し、混乱していた矢先に311がやってきて、実はその日異動の辞令が有ってダブルで忘れられない日となり、異動先でボクの精神は文字通りへしゃげてしまいました。陰気なコメントで恐縮だけど、残された者は生きたいと願った人と、その人に繋がる残された人の事を忘れてはいけないんだと痛感しています。そして、その事実に安直に踏み込んでもいけないと…。上手く書けないけれど、prego姐とボクは同志なんだと…。

| Rang | 2011/12/26 00:14 | URL | ≫ EDIT

H23、生涯でも忘れられない年になるでしょうね
もう年末ですが、陸前高田出身の父の年賀状が喪中や行方不明、差し出すべき方が亡くなっていて1/3近く、枚数が減っていたのを見て、まだまだ現実は重いな・・・と実感しています
「自分が生きている時間にもっと生きていたかった人がいた」忘れちゃいけないですね
日々の生活を後悔ないようにしていけるよう頑張りましょう!

| crownm | 2011/12/26 00:32 | URL | ≫ EDIT

お久しぶりです。

私も今年は「命」についてつくづく考えさせられた一年でした。
震災の事はもちろんなのですが、個人的にも考えさせられました。
今年の前半は祖母が危ない事が何度かあり、そして後半には母の病気発覚(母の件は以前、旦那がコメントしたかも?)。私達人間は生かされているのだ、と何度も思わされました。もっと命のありがたみ、健康でいられることのありがたみを感じながら生きなくては、とも思わされました。

祖母の件では友人と計画し始めていた旅行をお断りする事に…。まだ予約までも至ってなかったのでpregoさんのダメージとは比べ物になりませんが、友人に断るのはやはり辛かったです。
そして、母。病気発覚が9月中旬。病状が重そうだとの話で、実家にすっとんで帰って、病院へ検査に通い(予約済だった11月の旅行もキャンセル)10月入院→手術、11月上旬退院。幸い当初の診断より病状が軽く、予後観察、でやっと最近落ち着きました。
偶然にもpregoさんのお母様の具合が思わしくない頃と同じ頃ですね。お互いの母が回復して本当に良かったですね。

お互いに来年は良い一年でありますように祈ってます。(もちろん今年の残りも)

| tsuma | 2011/12/26 10:07 | URL | ≫ EDIT

■Rangさん

長く生きているといろんなことがあって、こんな風にご立派なことは、
ふと立ち止まった時にくらいしか考えません。
愚痴だって山ほどいいますし(汗)
いや、言わなきゃやってらんないとき、いっぱいあるし!

それでもたまには、
生かされている人はその時間を全うしないといけないんだよなって
思う今日この頃なのでした。

| prego | 2011/12/26 21:10 | URL | ≫ EDIT

■crownm さん

お父様、きっと心を痛めてらっしゃるでしょうね…。
陸前高田は被害が大きな地区でしたよね。
実はうちの会社に震災の数か月前までいた人のご実家が陸前高田で、
その人も実家に帰っていたときたったので、みんな心配して連絡をしていたら、
ご本人は無事でしたがご家族が被害にあわれてしまいました。
人間なんで(相田みつをみたいになってますが…)
なかなか素晴らしい恥じない人生を送るのは難しいですが、
時間は大切にしていきたいです!

| prego | 2011/12/26 21:16 | URL | ≫ EDIT

■tsumaさん

ご無沙汰しています。
お母様、いかがですか?
ご主人から伺っていて、私の母も具合が良くなかったので他人事とは思えずにいました。
でも退院なさったとのことで本当に良かったですね。
どうか御大事になさってくださいね。寒いですし…。
そしてtsumaさんもご自身がまいってしまわないように…。
患者さん本人も大変なのですが、周りの家族も大変ですからね。

私も今回旅行をキャンセルして、つくづく今まで親の健康に甘えて、
好き勝手なことをしてきたと思いました。
親の健康があってこそできていた生活だったんだって。

本当に私たち自身、そしてtsumaさんのお母様にとっても良い年でありますように。

| prego | 2011/12/26 21:23 | URL | ≫ EDIT

残された者の気持ちをかみしめた年でした。
接した訃報は2件でしたが、お二人とも30代。1人は事故、もう1人は自殺でした。
色々思うことはあるのですが、上手く文章に出来ません…。
これまで高齢で天寿を全うした人にしか接していなかったので。そう思うと、出来ればしたくない経験でしたね…。

そうそう、年末のご旅行お気をつけて行って下さいね。
何かすごく寒いみたいなので、風邪引かないで下さい。
年明けたらご飯でもしませんか?

| 阿沙 | 2011/12/28 17:53 | URL | ≫ EDIT

■阿沙さん

大変御返事が遅くなりすみませんでした。
あけましておめでとうございます!

特に若い方の死は自分の心にも残るし残念でならないですね…
肉体はなくなっても魂は残るというようなブッダの教えに基づけば、
きっとどこかで元気に居てくれるのでしょうが
やはりもう話せない、会えないというのはさびしいです。

いつか私たちにその日が来たときに、会えるといいです

さて、台湾、台北はやはり夜は寒かったです!(東京よりはマシですが。)
ご飯、ぜひ行きましょう!
阿沙さんも風邪引かないように!

| prego | 2012/01/04 11:32 | URL | ≫ EDIT















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